(ア)背景・目的

  効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要です。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていません。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、着火性を有する静電気放電の特性の把握、火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成、すすの壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定、火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルを作成することを目的とした火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行っています。

(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果

a 着火性を有する静電気放電の特性の把握

  絶縁物からの放電により可燃性混合気が着火するかについて検証するために、布等を想定したシート状の絶縁物からの放電エネルギーを計測するための測定系の構築を行い、放電時の電流波形をとらえることで放電エネルギーを計算しました。シート状絶縁物として13種類の作業着の生地表面からの放電電流を計測しました。、この放電電流から求めた放電エネルギーは、5×10-5mJであり、小さいエネルギーで着火する水素の最小着火エネルギー(0.016mJ)よりも2桁以上小さい値となっており、絶縁性の生地からの放電では着火はほぼ起こらないことが分かりました。
  静電気放電が火災原因と疑われた事案での計測や実験の概要を紹介します。平成28年度から令和2年度の期間に、製油所火災、バッテリー室爆発火災、タンクローリー火災、化学工場火災、灯油タンク火災などに対し、現場調査、測定、実験を行い、火災原因を調査した。その中の一つを紹介します。
  屋外タンク貯蔵所の約500立方メートルの灯油タンクで、灯油の受け入れを開始してしばらくして爆発する事故がありました。タンク内での爆発のため静電気による着火が疑われた。タンク内の灯油にはガソリン成分が混ざっていることが確認できたので、ガソリンへの着火の可能性を検証しました。管路での流動により帯電した灯油がタンク内にたまった場合で電場の計算を行いました。その結果、油面計の金属フロートが単独で浮いていた場合、タンク側壁近くでは、ガソリンの最小着火エネルギーを超えるのに十分な高さの電圧になることが分かりました。
  静電気火災の原因判定能力向上のために、静電気火災が疑われる火災現場における原因調査に有効なマニュアルを作成しました。このマニュアルには、静電気に関連した用語の説明、現場での着眼点、現場での測定項目と測定方法、収去した物品の測定項目と測定方法、着火に至る可能性の検討方法についてまとめました。

b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成

  現場採取、前処理、保存方法等についてのマニュアルの作成に向けて、試料採取用キットの作成及び鉱物油のガスクロマトグラフ分析に関する実験を行いました。火災現場において試料を採取する場合において、効果的かつ間違いのない採取ができるように、試料採取のための器具、保管のための袋、ビン類等を一つにまとめ、試料採取用キットを製作しました。
  鉱物油を染み込ませた試料を燃焼させた際の鉱物油の熱による変化についての知見を得るための実験では、綿製品に灯油を含浸させ、燃焼させた場合には、綿製品から灯油が染み出す現象が確認できました。燃焼時の状況によっては他の燃焼媒体へ灯油が移行していく可能性があることがわかりました。また、染み出した灯油は熱による変化をあまり受けない状態で検出できる可能性が高いことが、燃焼していない灯油のガスクロマトグラフの結果との比較により明らかになりました。
  鉱物油類付着試料についてフロリジルカラムによる分析試料の処理の効果、保存温度、保存容器の違いが及ぼす影響についてGC分析の実験データを取得し、マニュアルを作成しました。

c すすの壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定

  火災現場ではしばしば壁面に黒く付着するすすが見受けられるものの、証言から得られる煙の動きと必ずしも一致しません。したがって、火災原因調査において単に「すすの付着状況=煙の動き」と見誤る可能性も否定できません。より確度の高い煙の動きを見極める方法を確立することは、火災原因調査の高度化のために必須です。
  すすの壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定では、火災現場において調査員がすすの壁面付着状況から煙の動きを推定する方法を研究開発し、火災調査に活用している火災シミュレーションにそのすすの壁面付着モデルを導入し火災シミュレーションの現場再現性の向上を図ることを通して、火災原因調査の技術向上を目指しています。
  建物火災時の煙の動きとすすの壁面付着の関係性を見いだすのに必要な実験装置を作成し、火災実験を実施しました。実験条件と同様の計算条件にて計算機により火災シミュレーションを実施し、すすの壁面付着状況を実験と比較した結果、火源から上昇する煙やそれが天井に衝突する領域でのすす付着を実験と同様に火災シミュレーションでも捕らえられることを確認しました。
  また、建物の壁面温度が煙の温度よりも低い火災初期に壁面にすすが付着することがわかりました。ただし、これらの成果は、火災シミュレーション結果に基づくものであり、実験でも確認する必要があります。また、具体的な火災事例でも火災シミュレーションにより壁面へのすす付着が再現できるかを検証する課題が残っています。

d 火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルの作成

  過去の事故事例を参考にして、小規模な爆発実験を行いました(第5-1図、第5-2図)。ガス爆発が発生した際に、現場にあったものにどのような痕跡が残るかを実験的に調べるため、実験用の密閉容器内をヘキサンと空気から成る可燃性予混合気で満たして電気火花で着火し、密閉容器内に設置した可燃物(薄い紙、薄いプラスチックシート)が、伝ぱする火炎によってどのような影響を受けるかを観察しました。可燃物の種類によって影響が異なった。薄い紙は、伝ぱ火炎の通過後に、容器内が高い温度で維持された際に熱発火しました。ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルのシートは火炎から加熱され溶融した。テフロンシートは実験後にほぼそのまま残りました。建物内で発生した爆発事故の事例の分析、爆発事故の調査に関する海外資料の分析も行いました。それらを基にマニュアルを作成しました。


第5-1図 実験の準備作業の様子

第5-1図 実験の準備作業の様子


第5-2図 着火直後の様子

第5-2図 着火直後の様子



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