質問

2003年の十勝沖地震では苫小牧の石油タンクに大きな被害が発生しましたが、それには「長周期地震動」が関係していると聞いたことがあります。「長周期地震動」とはどういうものなのでしょうか?「長周期地震動」と震度の関係についても教えて下さい。

回答

石油タンクが地震の揺れに見舞われると、「スロッシング」という現象が起きることがあります。これは、石油タンクのなかの油、即ち液体が揺動する現象です。水の入ったコップを揺らすとなかの水が揺れますが、それと同じです。石油タンクのなかには、「浮き屋根式石油タンク」といって、鋼板を貼り合わせた屋根が浮いている型式のものがあります。石油タンクにスロッシングが生じると、なかの石油の揺動に伴ってこの浮き屋根も揺れます。2003年の十勝沖地震(マグニチュード8.0)の時に苫小牧の石油タンクで発生したスロッシングでは、最大で3mも浮き屋根が上昇したことがわかっています。このように浮き屋根が大きく揺動した結果、浮き屋根が石油タンクの設備にぶつかって火花が発生し、それが原因となって石油タンクに火災が発生したり、浮き屋根が壊れて沈んでしまったりするなどの大きな被害が発生しました。

さて、このスロッシングには「固有周期」というものがあります。石油タンクに限らず建物や橋などの構造物は、ある周期の震動で揺らすと「共振」という現象が起きて、他の周期で揺らした場合に比べて大きく揺れるという性質をもっています。この周期のことを固有周期といいます。大型の石油タンクのスロッシングの固有周期は、数秒から十数秒という地震の揺れとしてはやや長めの周期です。つまり、地震時の地面の揺れ(「地震動」といいます)が、周期数秒から十数秒というやや長い周期の成分を多く含んでいればいるほど、石油タンクのなかの油が地面の揺れと共振して、より大きなスロッシングが起きるということになります。このようなやや長い周期の成分をたくさん含む地震動のことを、「長周期地震動」または「やや長周期地震動」といって、石油タンクにスロッシングを生じさせる原因とされているのです。

この(やや)長周期地震動について説明します。下の図は、2003年の十勝沖地震の時に苫小牧と釧路で記録された実際の地震動の波形です。同じ地震でも、苫小牧と釧路では揺れ方が大きく違うことが一目瞭然です。釧路では小刻みな揺れ、即ち短周期の成分を多く含む揺れであったのに対し、苫小枚ではそれに比べてゆったりとした揺れ、即ち長周期の成分を多く含む揺れである(やや)長周期地震動であったことがわかります。長周期地震動が大きく生じるためには、二つの条件がそろう必要があります。一つは、震源から長周期の成分を多く含む地震波が放出されることです。一般的には、マグニチュードという指標で表される地震の規模が大きいほど、震源から放出される地震波には長周期の成分が多く含まれるという傾向があります。中小規模の地震では、大きな長周期地震動が生じないのはこのためです。もう一つの条件は、その場所に「堆積層」と呼ばれる柔らかい地層が厚く積もっているということです。厚い堆積層が存在する典型的な場所は、大規模な平野や盆地です。例えば苫小牧が位置する勇払平野では、堆積層の厚さは最大で2km程度という報告があります。また、関東平野や大阪平野などにも厚さ数kmに及ぶ堆積層が存在しています。このような厚い堆積層は、地震波に含まれる長周期成分を増幅するという効果を持っています。大地震の震源から放出された長周期成分を多く含んだ地震波を、平野などに厚く積もっている堆積層が増幅する、これが大地震の際に平野部や盆地で大きな長周期地震動が発生する仕組みです。また、長周期地震動の主成分である地震波は、短周期の地震動の主成分である地震波に比べて、震源から遠くへ伝わってもなかなか小さくならないという性質を持っています。2003年の十勝沖地震の時に震源から約200kmも離れた苫小牧で大きな長周期地震動が発生したことには、このようなことも影響しています。

最後に、長周期地震動と気象庁から発表される震度の関係について説明します。結論から言えば、震度は長周期地震動の大きさを測る尺度としては適切ではありません。即ち、震度が大きければ長周期地震動が大きいかと言えば必ずしもそうではなく、また、震度が小さくても長周期地震動としては大きい場合もあります。例えば、1983年に日本海中部地震(マグニチュード7.7)という地震が発生しましたが、震源から300km近く離れた新潟では、大きな長周期地震動が発生して、石油タンクにスロッシングが起こり、石油がタンクから溢れ出るという危険な事態になりました。その時の新潟の震度は3という小さいものでした。現在の気象庁の震度は、地震動に含まれる周期0.1から2秒の範囲にある短周期の成分の大きさを表すように決められています。そのため、周期数秒から十数秒の長周期の成分の大きさは、震度には表れてきません。震度は身体で受ける揺れの大小感覚とよく合っていると言われていますが、長周期地震動の大小は震度からは判断しにくいというのは以上のような理由からです。


十勝沖地震の際の揺れ・東西方向の地動速度
独立行政法人防災科学技術研究所強震観測網K-NETの観測データから作成